ユリ熊嵐 第3話 「透明な嵐」

・「透明な嵐」はレズビアンかなにかから隔離された女の子たちなのか?


・すべての女の子がレズビアンだということをほのめかしているんだと思う。だけど、社会の圧力によってその気持を抑えられていて、それが「断絶の壁」という形で表現されてるんだ。「透明な嵐」は、女同士の愛、身体接触を受け入れようとしているクレハのような生徒を社会的に排除するためのシステムなんだよ。


・↑同じように考えていた。自分自身、これまでの人生でそんなあからさまな排除をされたことはないけど、このアニメを見ていると、なんか実に心に迫ってきて他人事じゃないと思わせる。


・俺は全員がレズだとは思わない。これまでにわかっているのは、名字の最初に「百合」がついてる女の子だけがクマになったということだ。


・↑それと「断絶の壁」そのものに存在しているのが3人の男たちだけということも。(彼らは全員男でいいんだよね?)


・「透明な嵐」は同調圧力だよ。2話で、このみはミツコに「クレハを気にかけないで。じゃないと「透明な嵐」にターゲットにされてしまう」と言っていた。1話では、スミカは「違う」から、彼女に近づくクレハはいじめの対象になるんだ、というようなことを言ってたことも思い出そう。


・「透明な嵐」は、鳥の象徴でもあるだろう。鳥の群れ(の数)は、排除したいと思う気持ちの度合いを指しているんじゃないか? そこここで鳥の数が変わってるよね。


・↑おおむね賛成だ。ところで、階段のシーンだが、ルルとギンコとクレハに対してはそこにデザインされた鳥の向きが逆方向になってるんだ。だから、背景は別にしても、本当は階段を上がってるのか下がってるのかわからなくなる。
↓よく見て欲しい。
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・シャバ・ダ・ドゥ。それがセクシー。

クレハはついに決意できたようだ。友達のためにリベンジするんだな。

あの2匹のユリ熊はクレハのことを助けようとしているみたいだが、どうしてなのか未だにわからん。ミツコとは意図が違う気がする。

3話まで見たわけだけど、全体が「繰り返し」ているように見えるのは俺だけかな?


・シャバ・ダ・ドゥ。それが幾原ショー。

彼が決めたテーマを強調したいために、何度も作品のなかで繰り返されるのさ。


・いろんな小道具も再使用されるというわけだ。


・ハルヒの「エンドレス8」みたいだな。毎週、同じ構図、同じ展開。だけど、裁判/ユリのシーンが微妙に違っているように、ちょっとずつ前進しているのも確か。


・裁判が気になってるんだよ。あれは現在進行形ではなくてクレハのフラッシュバックとか、あるいは心のなかでの自問自答みたいなものかも知れない……と考えてる。


・自問自答というのはそうかも知れない。今回、ユリシーンでクレハが初めて動きを生じさせたもんね。(1話と2話では、彼女は一言もしゃべらなかったし、モノローグで代弁してもいなかった)
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 <なに? 少しざらついてるけど、暖かくてやさしい>
 

・ウテナを思い出す。結局、どの話数も見逃してはならない大事なプロットだということだ。

 

・彼女もクマであることを隠しているんだろうか? なんにせよ、彼女は不気味すぎる。
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3話は、核心に関わる象徴やメタファーを使った深い物語というよりは、幾原の「遊び心」みたいなのを感じた。そして、俺は今、クレハに感情移入してしまっている。こんな頭の狂ったクマが群がる世界なんか諦めて脱出して欲しい。クマの罠に導かれていく彼女を見たくはない。クマ主導ではなく、彼女のストーリー・アーク(筋の転換)を切り開いて欲しい。


・ふふふ。そんなこと言っても、すべての人間はクマになるさだめなのさ。


・↑そこにクレハも含まれてるんですね? 
Shooock! Kuma Shock!


・あの先生はクレハのお母さんを食べたんだ。間違いない。


・あれ、クレハの母って生きてるんじゃないの?


・「死んでる扱い」にはなってるな。だからクレハはクマを憎んでいるんじゃないか。

でも、スミカと同じでまだ疑う余地はあるのも確かだ。

俺の考えでは、「クマに食べられる」というのは象徴的に「死んだ」ことを表す用語だ。それは学校(という)社会との関係性を切られてしまったことを意味する。だから実は、例えばスミカは「断絶の壁」の外で違った人生を歩んでるんだ。(この考えはウテナを参照した)

まぁでも、3話の最後を見てまた混乱してきたよ。上の説明は的はずれかもしれない。


・4チャンの連中によると、先生は未確認サイドの第三者かもしれないそうだ。だから、彼女は鳥の記章を身につけているのさ。鳥は第三者の象徴だ。裏で何者かが糸を引くっていう筋書きはいかにも幾原が好みそうな仕掛けだね。


・やっぱり、鳥は「社会の順守」の象徴だと思うけどな。彼女のスピーチでこう言ってた。「群れから離れてはいけません。そうなった鳥は「食べられて」しまいます」って。

 

・クマはレズ衝動に対して積極性を示す。欲しい物を奪うが、そこに愛を得ようとする野心があるわけじゃない。「愛」という用語を、彼らは特に意味もなく使っている。ただ、クレハとルル/ギンコの間で「咲き誇る花びら」の現象は「愛」と言えるかも知れないが。

女の子たちは他者と距離を置いていて、目立たないようにするためにレズ感情を否定する。(自分や相手がそういう感情を持っていようがいまいと、レズは否定するものである)

だけど、幾原はこの女の子たちが間違ってると言いたいわけじゃないと思う。迫害者であるとか、迫害された者とかを表したいのではないと思うんだ。彼女たちの言動・行動は、社会的なプレッシャーや本能的なプレッシャーから引き出された、いわば自分でコントロールのできない原因から来ている。悪意があるのではなく、それは運命とか子供時代から従ってきた慣習とか、周囲の人間との関係性から、そうせざるを得ない状況に追い込まれてしまっているんだ。

 

・ここまでは、いつも通りの幾原作品だな。

そのおかげで多くの視聴者が脱落してしまったに違いない。

でも、俺は幾原作品だからこれを見てるのさ。


・↑レズビアンが専横する世界だからじゃないか? その逆パターンだったとしても同じだろう。


・俺、楽しんでるよ。これが初めての幾原なんだけど、輪るピングドラムを見逃したことを後悔してるくらいだ。


・↑同じ。いま、それとウテナを見なおしてる。

 

・見事なトライアングルの均衡。
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<愛するものを失った悲しみは、隠そうとすればするほど大きくなるのです>

 

・黒いユリ。ミツコの暗い未来か。

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・類似:クレハの家とベイツハウス(映画『サイコ』(Psycho):1960より)

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・十字軍遠征について学ぶ生徒たち。「排除の儀」と無関係ではないだろう。

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<第1回の十字軍は1096年に結成されました>

 

・消しゴムが小さくなっていく。愛する人の記憶もまた薄れていく…。

それは第2の悲劇だ。

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・「社会的に非合法なやり方で、お前たちの行動を許可しているんだ。

忘れるなよ、お前たちは人間ではなく、モンスターだということを!」
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<君たちはクマだぞ!>

http://www.reddit.com/r/anime/comments/2syj5l/spoilers_yuri_kuma_arashi_episode_3_discussion/